おはようございます。昨日から熱っぽいです。
多分コロナにかかっているような気もしますが、年度末はコロナにかかっても出ないとさらなる地獄になるので昨日は嫌いな課長と一切話さずに仕事していました。
本当責任の所在が曖昧なのは辞めてほしいですよね。
明確だったら自分が悪いところは悪いと納得できるのですが、曖昧な権限や曖昧な指示を出してそれ違うは言われても納得というか腑に落ちないでしょう。
ダメダメ この記事は愚痴ではなくてヒナギクの魅力を書く記事です。
私のストレス状況を察したいものさしは、文面の語彙が強いものを使っている場合はけっこうストレスかかっています。
元気な時は強い言葉を柔らかくする余裕があり、推敲(文章を改善すること)をきちんとしますから
ということで長々と愚痴を言ったのは「改善」をテーマにヒナギクを語りたいからです。
上のコマ ヒナギクの良いところが出ています。どこか分かりますか?
それは「わからないことでもとりあえず自分の中で解釈してみる」これです。ヒナギクは自分で考える癖がもうついているのです。
世の中にはいますよね 何回も同じ失敗を繰り返す人が
失敗自体は悪くない
しかし、同じような失敗を何度もやるのはもうそれは失敗がその人の成長の糧になっていない証拠ですから気をつけないといけません。
失敗一つとっても色々な失敗がありますから。
だから私の周りでよく言っていたのですが、良い方向で失敗して転びなさいと
野球で例えると、積極的なミスは許すけど消極的なミスは許さないということです。
この良い方向へ転ぶ失敗がスタンダードになると、精神的にも強くなるのです。
①その失敗は自分がコントロールできないものによって失敗したのか?
②それとも自分で改善する余地があったのに失敗してしまったのか?
①の例は景気や世の中、組織の流れなどで失敗することです。
一人の人間じゃ手に負えないですから
②の例は努力やするべきことをしなかったことによる失敗です。
勉強や練習ですね。自分でコントロールできるところは全て万全にしたうえでの失敗。
②をしてまた失敗することも世の中当然あります。
ただ、最善を尽くして失敗すると①と②のどっちの要因による失敗なのかがはっきり見えやすくなるのです。
自分では最善を尽くしたつもりだったけど、実は②の要素でまだ足りていない部分があった。
そしたらまた成長するわけです。
その原点にあるのはやはりまずは自分で考えてみるということでしょうかね
すぐ聞く人がいますが、自分でそれなりの答えを持って聞くのと何も考えずポンポン聞く人では成長スピードが違います。
後者はイライラされますよ。相手の時間は奪うし、前それ教えただろ?と
あげくのはてには教えてくれない(以前教えたのに)と文句を言うババアが我が社にはいます。
もちろん教えるべきことを教えないのもダメ アウトです。
だからそこの見極めができるようになると人間として一歩成長すると僕は思っています。
ヒナギクは多分こういう理想的な失敗ができる人間であることは間違いないはず
さて、私はバスセンターに落とした携帯を回収しに今から外出します。