おはようございます。最近梅雨入りしまして、ジメジメして嫌ですね。
来週月曜日から復職なので、気持ちが落ちないようにしていきたいと思っています。
さて、今回書評していくのは、「自民党政権の予算編成 (ポリティカル・サイエンス・クラシックス 6) 」です。
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かなり分厚く高額な本ですが、会社の予算・決算部署になってから予算や決算関連の本をひたすら読みまくっていたときにおもしろかったので本書を紹介させていただきます。
本書は、自民党と予算編成が主に記述されているということで日本の政治の歴史を詳しく知ることのできる本でもあります。
それでは印象に残った点を何点か列記していきます。
①日本では法律よりもまず予算が先に来る。
各新聞で予算編成の内訳というのは新聞でよく取り上げられますが、本書ではアメリカと違って法律よりも先に予算編成が意思決定に大きなウェイトを占めるということが述べられております。(電子版P19より)
日本にいると予算が国の遂行するべきことを決定づけるツールとして使われる印象ですが、アメリカは法律が先に来るみたいです。
また予算編成のなかで最も不愉快なことが、優先順位の高い予算の経費を認めるために他の既にある事業を縮小したり、廃止したりすることだと本書では述べられています。
これは予算編成に限らずですよね・・・ 特にお金が絡むことは始めるのは簡単でも既に毎年行われていることを廃止するというのは実感として10倍以上の労力がかかると思っています。
既得権益になってしまいますから、それに反対する勢力を納得させるのにエネルギーを使うことになります。
②予算編成の基礎資料になるのは各省庁の見積もり
予算編成というと財務省が全部やるのかと言われるとそうではありません。まず各省庁で金額の見積もりをとってからまとめあげてそこで財務省と交渉するようなイメージだそうです。
確かに実感として、官公庁に物を納品するときってやたら見積書を求められるケースが多い気がします。(少額の場合でも・・・)
この見積書がおそらく予算編成の資料になっているのでしょうね・・・
会社としては少額のものまで求められるととても仕事にならないんですけどね・・・ 割に合わないということです。
高額の製品ならまあわからないでもないですが・・
③予算を余らせることは財務省(旧大蔵省)が嫌うとのこと
財務省の考えでは予算を余らせるというのは見積もりが甘かったことを証明するようなものだから嫌われるみたいです。会社から働いている人間からするとコスト下げてるのに余るのが悪いってどういうこと??と思いますが、なんかこういう傾向があるみたいです。
予算が余る。官公庁は確かに単年度主義でその地域の納めた税金をその年に使わないと次年度引っ越し等でその納税をした住民が損をするという理屈は分からないでもありません。
しかし、予算が余るのが悪いというのは何かむかつきますよね。使うだけ使ってやろうみたいな感じで 予算はあくまて予定ですからそりゃ上手くいかないこともあるでしょう。
まあお金は使わないと社会の中で循環していかないので、会社の内部留保みたいにされると困るというのは何となく分かりますが・・・
こんなところでしょうか 自民党の関係性は本記事では触れませんでしたが自民党と各省庁の関係性も詳細に記述されています。
本書はかなり分厚く高額ですが読み応えがあるので、ぜひとまでは行きませんが研究したい方は図書館などで借りて読んでみてはいかがでしょうか?
それではまた!
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